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Hervest 33:Writings ; One day Coerthas

Neya

Neya

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「もう。また逃げられた」
独りごちながら彼女は、餌の無くなった釣り針を恨めしそうに見ている。

*
 ここのところ、クルザス西部はひどい吹雪に見舞われていた。けれども今日は、昨日までの天気が嘘のように澄みわたり、蒼天には太陽が燦々と輝いている。その陽射しは少々汗ばむ程で、降り注ぐ大地では白銀の表面が僅かに溶け、きらきらと細かな輝きを放っている。時折駆け抜けていく風も、いつもはその冷たさに身を震わせるのだが、今日に限ってはその冷たさが何とも心地よい。まるで豊かな緑が広がっていた、薫風吹き抜ける霊災前のクルザスを想起させるような、そんな天気であった。
その心地よい白銀の中に、独り湖の辺に腰掛け釣り糸を垂らすアウラ族の女性の姿があった。釣竿を握りしめ、じっと湖面を見つめている。真剣な表情とは裏腹に、悲しいかな横に置かれたバケツに魚の姿は無かった。
 穏やかな天気とはいえ、エオルゼア三国に比べれば随分と寒い。彼女はしっかりとした外套を着込んでいた。毛皮がたっぷりと使われた帽子をかぶっているし、その履物も、同じように毛皮で造られた暖かなブーツだ。しかしながら、今日はそれがあだとなっているようだ。この暖かい陽気もあり、着込んでいる外套は彼女をしばしば眠りへと誘った。勢いよく竿をしならせ、湖へと釣り針を投げ込む。最初は真剣な眼差しで湖面を見つめているのだが、湖面に浮かぶ”うき”のゆっくりと上下する単調な動きを見ている間に、彼女の瞼は段々と下がりゆき、やがてうつらうつら、と舟を漕ぎだす。そして彼女は釣果の無い釣り針を、恨めしく見つめる羽目になるのだった。今日はこれをもう何度も繰り返してい、その結果が傍に置かれている水だけが入ったバケツ、ということである。

そんなやり取りを挟みながら、それでも何とか数匹の魚を釣り上げる事が出来た頃には、もうすっかり日が暮れていた。烏羽のような空には、ぽっかりと大きな満月が顔を出している。先程まで白銀の輝きを放っていた雪原は、まるで陽と共に降りてきた蒼天がその色を地に写したように、薄青の鈍い光を放っていた。そんな雪原の様子に気づいた彼女は、慌てて釣り道具を片づけると、あらかじめ目星を付けていた近くの建物に移動した。門戸を開け建物に入り、部屋の隅にある暖炉に火を起こす。そしてしばらくの間、部屋が暖まるのを待った。
この建物は人が住まなくなって結構な時間が経っているのだが、その室内は奇麗に整えられていた。人が住まなくなった後も、風雪に耐える石造りの頑強な家屋は、哨戒隊や狩人達に利用されていた。部屋の壁際には、哨戒隊が使う松明の束や狩人達が使う罠の類がそれぞれに綺麗にまとめられている。
やがて十分に部屋が暖まると、彼女は着ていた外套を脱ぎ、椅子に掛けた。そして炊事場に立ち、釣り上げた魚の調理にとりかかる。日中の舟漕ぐ姿とは打って変わり、その腕前は見事な物であった。手早くいくつかの料理を拵えると、満足そうにテーブルに並べ、椅子に腰かけた。
釣り上げた魚にはアイスピックスメルトという名が付いている。ここクルザス西部ではよく食卓に並ぶ、一般的な淡水魚だ。

**
「はっはっは!戦場では一騎当千のお前も、釣りの腕はそうもいかないようだな!」
爽やかな笑い声が雪原に響いた。声の主は水縹(みずはなだ)の髪を揺らしながら、目を細めて言った。




今日のクルザスは久しぶりに快晴だ。ここまで晴れることはそうそう無いみたいで、丁度良く(或いは運悪く)ドラゴンヘッドに立ち寄った私は、今のうちにと、半ば強引に(満面の笑みを伴う歓迎と共に)糧食を調達する隊に加えられてしまった。
多少なりとも(フフチャのお墨付きだけれど)園芸師としての心得があった私は、野に自生する香草類の収穫を受け持つ事になった。けれど、早々に収穫を終えた私の手持ち無沙汰を目ざとく見つけた彼は、にこやかに、
「む、どうやらこの仕事はお前には容易かったようだな!ではこちらはどうだ?」
と、私に釣竿を渡してきたのである。

あぁ、釣りがこんなに難しかったなんて。

釣り糸を垂らしているこの湖では、アイスピックスメルト、という魚が釣れるらしい。焼いてもよし、煮込んでもよし。寒さが厳しく食料が乏しい折には、塩漬けにもできるし、どこから伝わったのか、釣り上げたすぐのこれを、生で食べたりもするらしい。とにかく、ドラゴンヘッドではとても重宝する魚なのだそうだ。だからこうやって、定期的に隊を組み、調達に訪れているのだという。
そんな話をしながらも、手際よく魚を次々と釣り上げる彼の横で、私は気前よく魚たちに餌をばら撒く給餌係と成り果てていた。
その様子を彼に茶化されながらも、何とか1匹でも釣り上げようと、あれこれ工夫はしているのだけれど、こればかりはどうにもならないようだ。
確か、リムサロミンサに釣りの手ほどきをしてくれるギルドがあるんだっけ。この行軍が終わったら早速教えてもらわないと。

さておき。そんな状況でも、段々と「釣りも悪くないな」と思えてきている。
というのも、こうやって釣り糸を垂らし湖に向かう間、彼と色んな話をできたからだった。
いつもは大きな机を挟んで、ドラゴンヘッドの事、ドラゴン族の事、その他数多の厄介事を解決する為に(彼はその他にも一方的に話をしていたけれど)きわめて事務的な会話をしていたのだけれど、こうやってその他の事、世間話のようなものをする機会というのは、今回が初めてだった。
最近のドラゴンヘッドの他愛もない話。駐屯する騎士に子供が生まれた話だとか、訓練しているチョコボたちの肉付きが良くなってきた話だとか、他の冒険者から聞いた面白い話だとか、ドラゴンヘッド周辺に実る、美味しい林檎の見分け方、なんてのもあった。
そんな話をしている間にも、彼のバケツにはどんどん釣果が増えていき、陽が傾きかけた頃には、おそらく私が釣るはずだった量の魚も釣り上げられていたように思う。

「はっはっは!戦場では一騎当千のお前も、釣りの腕はそうもいかないようだな!」

爽やかな笑い声が夕暮れの雪原に響く。彼は水縹(みずはなだ)の髪を揺らしながら、目を細めて言った。
そして他の隊員に号令をかけ、手早く荷物をまとめると、共にキャンプ地へと向かった。ドラゴンヘッドよりもドラゴン族の多いこの地域では、夜間の移動は危険を伴う。だから帰還するのは明日の朝にし、一先ず今日は、こういった行軍の際によく使われている、人の住まなくなった建物に立ち寄るという。

橙色と藍色の交差する空の下、何事も無く(備えとして私は戦鎧に着替えておいたけれど)、無事にキャンプ地まで大量の物資を運ぶ事ができた。聞けば、猛吹雪が訪れても2ヶ月くらいは砦の住民が耐えしのげる程の量なのだという。キャンプ地に着いた私は、せめて料理ぐらいはと、以前ビスマルクで小耳に挟んだイシュガルド風の味付けを思い出しながら、釣り上げられた魚を調理した。帰路の途中で手に入れたヤクの肉も加えて、御馳走とまではいかないが、疲れた隊員を労うには十分な量の夕食を準備することができた。
部屋の中央に設えられた広めのテーブルに、所狭しと大皿が並ぶ。芳香と湯気を立ち上らせる料理を目の前にして、彼をはじめ、隊員達から小さな歓声があがった。これでもビスマルクでは太鼓判をもらった腕前だから、その賛辞はお世辞では無かったと思う。釣りの失態は挽回できたはずだ。多分。

それにしても、こんなに大人数で夕食を囲んだのは何時振りだろうか。笑い声の絶えない、慎ましくも賑やかな晩餐のテーブル。
傑作だったのは、明日の出立が早いからということで隊員の提案で行われた、クルザス産ハーブティーでの乾杯だ。屈強な隊員たちが熱いハーブティーをこぼさぬようにと、静かに行われたティーカップでの乾杯。その可笑しみのある光景に、たまらず彼が笑い声を上げた。それを皮切りに皆も笑いだし、思わず隊員たちの手元が乱れた。ハーブティーがテーブルにこぼれる、手に、脚にひっかかる。余程熱かったのか、声を上げる隊員たち。私は笑いながら布巾を探しに戸棚に走る。
そんな可笑しく賑やかな晩餐の時間は夜半まで続いた。この楽しかった一時を、私は忘れることはないだろう。

***
「ごちそうさま」
久しぶりに作ったイシュガルドの味。テーブルの上に並んだ一人分の食器を片付けると、私は部屋の隅の炊事場に皿を重ねた。
そして椅子に腰掛けなおすと、あらかじめ淹れておいた香草の茶をカップに注ぎ、一人で静かにカップを上げた。あの静かな乾杯を思い出し、思わず笑みがこぼれる。一息ついて、私は荷物の中から1本のワインを取り出した。

この建物には地下に小さなワイン蔵がある。以前ここを訪れた時に彼に教えてもらったのだが、いつからかこの建物では使用料としてワインを蔵に置いて行くようになったのだという。ここを訪れた者は、持ち込んだ自分のワインを署名と共に蔵に収め、代わりに先人が残していったワインで、旅の疲れを癒し体を温めているということだそうだ。そしてそのワインには一言、書付を添えるのが慣例となっていた。蔵を見てみると、先人たちが置いて行ったワインがずらりと収められている。ワインを嗜まない者もいるから、その量はじわじわと増えているのだと、彼が言っていた。ワインには署名と一言の書き付けが添えられてい、その内容は旅の安全を祈るものに始まり、ジョークの類、誰彼に捧げる、といったものまで多岐に渡った。それらを眺めていると、その中に、彼と行軍した時に持ち込んだ数本のワインが、彼の署名と共に残っているのを見つけた。私は持参したワインを収めると、彼の残した1本を取り出し、蔵を出た。
「明日はこれを持って行こう」
ワインをテーブルの上に置き、独りごちて、部屋の隅に置いたニメーヤリリーの花束を見やった。以前彼と共に釣りをした際、他愛もない話の中で教えてもらったニメーヤリリーの群生地から、今日の道中に幾許か拝借したものだ。水のエーテルを用い、枯れにくいよう細工が施してある。


明くる日。私は彼の墓前に立っていた。
皇都のよく見える小高い場所に、それは在る。所縁のある者が定期的に訪れているらしく、その周りは今も綺麗に整えられていた。
私はニメーヤリリーとワインを墓前に供えると、暫しの間、その忘れえぬ水縹に思いを馳せ、祈りを捧げた。

今日もクルザスはよく晴れている。


Posted byNeya

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